足蹴にした庄屋が急死した三日月地蔵
どんな伝承か
神明町五丁目、旧鳥羽中町の鳥羽中駅近くの堂に、笏谷石で刻んだ大きな石地蔵がある。台座の銘によれば嘉永三年二月に開眼し、願主は加賀小松生まれの六十六部吉右ヱ門、石工は福井の久野又助という。目が涼しげな形をしているので三日月地蔵とも呼ばれる。刻んでいた竹藪が原因不明の火事になったとき、地蔵の周りだけは焼けなかった。開眼法要を無届けだとして止めに来た水落の大庄屋は地蔵を足蹴にして帰り、翌日急死した。明治九年六月十四日には隣村岡野からの大火が堂の近くまで迫ったが、急に風向きが変わって鎮まった。眼病の甚兵衛が夢告に従って祈ると快癒したとも伝える。
原典より
神明町五丁目(旧鳥羽中町)の福武線鳥羽中駅の近くに、大きな石地蔵を安置したお堂がある。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史)
『鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説』は、福井県鯖江市の市史のうち、史料編第一巻の民俗編にあたる巻である。市内の各町に伝わる伝説を、町名を添えて収め、泰澄・親鸞・弁慶にまつわる木や岩、山姥やてんぐ、たたりのある一本杉、地名の由来を記す古文書の写しなどを載せる。自然物・岩石・動物・家屋敷・城跡・道・橋・寺院・塚墓・人物・事件の項に分け、後半には昔話・笑い話・果なし話と田植え唄などの民謡を置く。