武部の的場の祟り石
どんな伝承か
武部の田の中に的場と呼ばれる所があり、いくら水を引いてもすぐに干上がってしまう乾いた田だった。その田の縁に並ぶ石は昔から祟る石とされ、人々はあまり近寄らなかった。稲束を担いできた在所の者が疲れて腰かけたところ、たちまち振り落とされたこともあるという。二百年ほど前の天明年間、肝煎の与次右衛門の息子が庭づくりにその石を持ち帰ると、母親が急病で危うくなった。石動山の山伏に祈禱を頼むと、的場から運んだ石の祟りだから元へ戻せば治ると告げられ、石を返すと病はみるみる回復した。石は今も置かれており、耕地整理の際にはその辺りから古い土器も出たという。
原典より
息子はすぐに石を的場に戻したら、母親の病気は、見とる間に良うなったという事や。—— 鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史)
『鹿島町史 通史・民俗編――伝説』は、鹿島町の町史通史・民俗編のうち、昔話と伝説の節と、続く「俗信と俚諺」の冒頭を収めたものである。石動山麓と邑知地溝帯の集落で聞いた話を、芋掘り権兵衛や屁売りじいさなどの昔話、亀塚や椀貸穴などの自然伝説、初瀬の観音様や井田の不動滝の信仰伝説、久江の道閑や村境を決めた話の歴史伝説に分け、在所名を添えて載せる。伝承の状況や語り始めと結びを述べた解説を前に置く。