竜門岳参拝と宝物の如意宝珠
どんな伝承か
大正の半ば、大本は勢いよく教えを広げ、綾部に修業に集まる人は多い月で七、八百人を超えた。王仁三郎は組織を改め、教えと行法を整えることに心を砕き、言霊を調べる一隊を各地に送り出して大本の言霊学をまとめ上げようとしていた。一九二〇年五月には、自ら七十人の一行を率いて大和の竜門岳へ参拝し、宝物の如意宝珠をつけたという。王仁三郎はこれをきっかけに、鎮魂帰神の修行のやり方を改めた。
原典より
王仁三郎は、大日本修斎会を改組するとともに、教義面、行法面の整備に心を用い、言霊踏査隊を各地に派遣して、大本言霊学の大成をすすめ、一九二○年(大正九)五月には、みずから一行七十名を率いて大和竜門岳に参拝して、…—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。