四十八匹のタヌキが憑く妙霊教会
どんな伝承か
喜三郎が少年だったころ、妙霊教会の布教師岸本勇助がしばしば上田家へ祈禱に来ては、「妙、妙」と唱えて家の者に説教していた。この教会は亀岡盆地と山を隔てた丹波の春日江に本部を置き、法華系の神道を説く御岳教所属の新宗教で、土地では勢いがあった。教祖は山内勢至で、四十八人の幹部の一人ひとりに一匹ずつ、合わせて四十八匹のタヌキが憑いているとしていた。亀岡盆地でも船岡や宮川に教会を設けており、喜三郎の叔父佐野清六も船岡の教会で副長を務めていた。
原典より
教祖は山内勢至で、四十八名の幹部には、それぞれ一匹ずつ四十八匹のタヌキが憑いているとしていた。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。