向坂のタノ吉に憑かれた馬車曳き三太
どんな伝承か
大正十年十月半ば、麻植郡三山村種野の川又での話。煙草輸送を請け負う周太郎の店の雇い人で十九歳の三太(仮名)は、馬車で川又と湯立駅を往復していた。その日三度目の帰り、疲れて向坂を越えるとき道のバラストを蹴り飛ばし、そのまま正気を失った。馬は店の前で止まったが、三太は手綱を握って黙って立ったままである。近所の博労の彦はんがタノ吉にやられたと見抜き、三太の二の腕にできた拳ほどの瘤を殴って素性を問うと、三太の口を借りた狸は、向坂のタノ吉だ、蹴られた石で前脚を痛めたので憑いたと語った。神前の水を拒んで暴れたが、彦はんが牛馬用の鍼で瘤を突こうとすると瘤は消え、三太は正気に返った。
原典より
大正十年十月の中頃、麻植郡三山村大字種野村字川又に起った狸憑の實話。—— 阿波の狸の話(笠井) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の狸の話(笠井)
『阿波の狸の話』は、脇町の笠井という著者が、阿波国の各地に伝わる狸の話を集めて書いた本である。狸同士の化かし合い、狸使い、狸憑き、狸医者、狸を祀る祠などを題ごとに分け、郡村名や人名を挙げて、明治・大正の狸憑きの実話やお六つ大明神の信仰の様子も記す。後半に余材追録と、著者が萬福寺で狸に憑かれる人や住職と問答した記録を置き、巻末の「阿波名狸録」で名のある狸を徳島市と各郡の部に分けて並べる。