五十年村人に憑いた谷口の狸松兵衛
どんな伝承か
美馬郡重清村字谷口に松兵衛という狸がいて、明治維新の前から近年に至るまで約五十年間、村の誰彼に憑きまわって村民を苦しめた。初めは瓦葺の家を恐れて草葺の家の人にのみ憑いていたが、後には大胆になって瓦葺の家の人にも憑くようになった。この狸が憑くと、赤飯を一升食わせいの、うどんを二十杯食わせいのと勝手なことばかり言って家族の者を困らせた。中にはこれがために命を取られた者も少なくない。ところがこの十四五年来、松兵衛が人に憑いたという話がなくなった。村の某という者が北海道へ移住した時、その男に憑いて行ったのだという。一説には、日露戦争に出征して戦死したのだともいう。
原典より
美馬郡重清村字谷口に、松兵衛といふ狸がゐて、明治維新の前から近年に至るまで約五十年間、村の誰彼に憑きまはつて、村民を苦しめた。—— 阿波の狸の話(笠井) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の狸の話(笠井)
『阿波の狸の話』は、脇町の笠井という著者が、阿波国の各地に伝わる狸の話を集めて書いた本である。狸同士の化かし合い、狸使い、狸憑き、狸医者、狸を祀る祠などを題ごとに分け、郡村名や人名を挙げて、明治・大正の狸憑きの実話やお六つ大明神の信仰の様子も記す。後半に余材追録と、著者が萬福寺で狸に憑かれる人や住職と問答した記録を置き、巻末の「阿波名狸録」で名のある狸を徳島市と各郡の部に分けて並べる。