軽海郷原村の仏姫の祠と怒風
どんな伝承か
『加能越三州地理志稿』は、軽海郷の原村、小松城から三里ばかりの地を或いは仏原と称すると記す。平相国の寵妓仏御前がここの者で、嵯峨に隠れたのち数年で帰郷し、原村に庵を結んで経を誦した。里人はその孤独を憐れんで外出のたびに立ち寄り、久しく世話をしたが、里の女たちはそれを疑い、ついに謀って仏姫を殺した。以来、里の女が産をするたびに風が荒れ雷が鳴り、戸を閉ざし人を遠ざけて暗室でようやく産むと風雷もやんだ。里人はのちにその怨みを悟り、像を作り祠を設けて四月に祀るようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。