笠寺観音の旧地と伝わる観音塚
どんな伝承か
名古屋市南区にある観音の塚は元観音とも呼ばれ、笠寺観音の旧地と伝えられる。平安時代の延喜のころ、左大臣藤原時平の弟にあたる宮内卿兼平がこの地を訪れ、風雨にさらされた観世音菩薩の像に笠をかけている娘を見て心を打たれ、その娘を京へ伴って夫人に迎えたという。娘は玉照姫と呼ばれた。のちに姫の願いを容れ、延長八年に勅許を得て笠覆寺を現在の地に建て、観音像を移して本尊とした。塚にはエノキの大樹の下に小堂が建てられ、加藤又兵衛勝貞が寄進した石碑と石造の観音坐像が安置されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第7巻』は、愛知・静岡・岐阜・長野の四県の伝説を集めた伝説資料集の一巻である。笠寺観音や日本武尊から天狗・山姥・八百比丘尼・夜叉ヶ池、石や池や塚の由来、白米城・一夜山まで九十七の項目を立て、口承を中心とする伝承を収める。各項目は伝承地を明記した例話を冒頭に置き、『日本伝説名彙』などの対応する題名を添えたうえで、〔類話〕〔参考〕〔文献〕を続けて近世以前の記録の原文まで示す。