義朝が手づかみで食べた蒸し飯
どんな伝承か
平治の乱で破れた源義朝が知多の長田忠致の館に逃れ来た折、空腹のあまり内扇にある百合草光義の家に立ち寄り、餅の焼き上がるのも待たずに白強飯を手づかみでかき込んだ。この故事は宮中に残るお田草儀の由来ともいう。翌平治二年正月三日、義朝は田上湯殿で長田によって暗殺された。これを悼み、村人は現在も正月には餅を食べず、蒸した糯米を黒煮豆とともに手づかみで頂く習慣を守り続けている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第7巻』は、愛知・静岡・岐阜・長野の四県の伝説を集めた伝説資料集の一巻である。笠寺観音や日本武尊から天狗・山姥・八百比丘尼・夜叉ヶ池、石や池や塚の由来、白米城・一夜山まで九十七の項目を立て、口承を中心とする伝承を収める。各項目は伝承地を明記した例話を冒頭に置き、『日本伝説名彙』などの対応する題名を添えたうえで、〔類話〕〔参考〕〔文献〕を続けて近世以前の記録の原文まで示す。