有玉の名を説く社と利光伝説
どんな伝承か
この社は浜松の北一里余、有玉の郷の畑屋村の西、味方が原の内にあるという。里人によれば、延暦四年に田村将軍利仁が陸奥から帰る途中、大蛇が女に姿を変えて契り、その子利光が生まれた。大蛇は汐満つ瓊と汐涸瓊を利光に授けて消え、延暦二十年に磐田の海が荒れたとき利光がその玉を投げると波風が治まり潮が引いた。玉の落ちた所を有玉といい、のちに利光を祀ったのがこの社だと語られる。ただし書き手は、有玉川の堤は天平宝字五年に築かれていて有玉の名はそれ以前からあったこと、坂上田村麿と藤原利仁は時代も姓も異なる別人であることを指摘している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第7巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全97話(愛知・岐阜・長野・静岡=中部)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。