盥で行水していた宿の泊まり客
どんな伝承か
タケへの向こうに納屋留という宿屋があり、旅の人をちょいちょい泊めていた。あるとき長もんが旅人の風で泊まり、今日は何人客があってもその宿賃は自分が払うから、この一間だけは貸してくれと頼んだ。主人が承知すると、長もんは大きなたらいを借りたいという。何に使うのかと聞いても、くどく聞いてくれるなと言って答えない。戸を閉め切ってしまうと、しんとして何やらこわいような気がする。心細くなった主人がそっと襖を開けて覗くと、長もんは蛇の姿になって行水をしているところであった。驚いてぴしゃりと閉めたが、それきり納屋留の商売は駄目になり、繁昌しなくなった。黙って見ずにいれば栄えたのにという。正体を見られた長もんはそのままの姿で愛知川の祇園さんへ逃げ、蛇は見えず、帯ほどの幅の煙だけが立って見えた。愛知川の祇園さんは長もんだといい、よく雨が降るという。
原典より
〈高木―「嫁ヶ淵」 柳田―「嫁ヶ淵」〉昔、タケへのむこに宿屋が、納屋留さんちゅうのかいな、ちょっと旅の人を泊めなはるとこが。—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第8巻』は、黄地百合子・酒向伸行・田中久夫が滋賀・京都・兵庫の三府県を分担して執筆し、福田晃がまとめた伝説集である。丹波の湖を神々が切り開いた国造りの話、神同士の争い、英雄や長者の盛衰、蛇と人の話、魚・鳥・石・塚・祠堂の由来などを、各地の口承や記載資料から集める。第一部「文化叙事伝説」と第二部「自然説明伝説」に分け、各話を例話・類話・文献・参考の順に並べ、高木敏雄・柳田国男の対応する話名を付す。