小田の沖に現れた般若姫の霊
どんな伝承か
平生町の小田に伝わる。聖徳太子が諸国を巡っていたとき、小田の里の沖に一そうの船が現れ、舳先に立つ美しい女が都までの道のりを尋ねた。女は父用明天皇の妾般若と名のり、海に沈んでから三十余年さまよっていると告げて消えたという。太子が般若姫の墓に水を供えると姫はふたたび現れ、観世音の姿に変じた。都へ帰った太子は后の霊を慰めるため周防の魚の庄に寺を建てるよう進言し、満野長者も喜んで観音堂を建てた。これが般若寺の起こりである。また太子が用明天皇と般若皇太后の墓に参ったとき水がなく、祈ると童子が二人現れて池を三度鞭で打つよう告げ、その通りにしたのでこれを鞭の池とよぶという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。