九百九十九谷しかなかった兵円山
どんな伝承か
小河内谷と北村谷との間に兵円山がある。大小無数の岡と谷が起伏する変化に富んだ山で、諸国を巡っていた弘法大師はここを高野山のような霊場にしようと考えた。千体の仏像を高野山で受けて据えようとし、改めて谷を数えたところ、あまんじゃくが一岡一谷を隠していたため九百九十九谷しかない。大師は残念がって立ち去り、千体の仏を涙をのんで川へ投げ流した。因幡を流れるこの川を、以来千代川と呼ぶようになったという。隠された一岡一谷は、あまんじゃくが湖山池を埋めようと担ぎ出したが、途中でもっこの紐が切れて置き去りにされ、雲山と大路山になったと伝わる。
原典より
<高木—「九十九谷」 柳田——「九十九谷」>小河内谷と北村谷との間に、兵円山という山があります。—— 日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第11巻』は、山陰の鳥取・島根両県の伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。矮姫による穀物の伝来、大山の山くらべ、伯耆の白兎、雲州皿屋敷、七尋女房、牛鬼、隠岐の後鳥羽上皇などを、伝承地を明記した口承の例話で示し、類話と近世以降の文献を添える。「文化叙事伝説」「自然説明伝説」の部に分けて話ごとに番号を付し、凡例のとおり例話・類話・文献・参考の順に並べ、多くの話に高木・柳田による伝説名を添える。