機の真ん中を切った婆と切機寺
どんな伝承か
南宇和郡一本松町上満倉の伝え。諸国を回っていた弘法大師が、機を織っているお婆さんに出会った。お婆さんは暇を見つけては着物のための機を織っているのだと苦労を語り、大師に供養をしようとする。大師は供養は要らないから、手甲にするので織りかけの機の切れを少し貰いたいと頼んだ。お婆さんが端を切ろうとすると、大師は真ん中の方が良いと言い、お婆さんは惜しまず真ん中を切って与えた。大師はたいそう喜んで帰った。お婆さんの死後、寺を建て替えるとき、機を切ったことにちなんで切機寺と名づけ、お婆さんも寺の片側に祀られたという。
原典より
ところが、あるとこへ行ったところが、タンタンタンタン機を織りよる。—— 日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第12巻』は、四国四県(香川・愛媛・徳島・高知)の伝説を話型ごとに集めた伝説集成の一巻である。神々の争いや大人の足跡、弘法大師の彫り残しや麦の種、英雄の誕生、長者、人柱、蛇聟、狼の報恩、化猫退治、首切れ馬、夜泣石、地蔵の霊験などを、町村誌や地方の伝説集、昭和五十三年度立命館大学説話文学研究会の採集調査稿から採る。百三十九話に通し番号を付け、各話に伝承地と出典、高木・柳田の分類名を添え、県別の〔類話〕と〔文献〕を続ける。