椿山の洞窟に営まれた安徳帝行在所
どんな伝承か
安徳帝を奉じた知盛・教盛・二位の尼ら八十余名は、はじめ土佐郡本山村にいたが、そこも安全とは言えず、家臣の滝本軸之進に峰伝いの探索を命じた。滝本は椿山が人跡まれな要害の地であることを知り、一行は国王山上のおうひとへ移り、西椿山の山上にある「おうたし」という洞窟を帝の行在所と定めた。一年の後、滝本を椿山に残して一行は奥名野川・別府を経て越知の御嶽山に落ち着く。帝は二十三歳で崩じ、そのとき御嶽山の方角から飛んできた白鳥がおうたしの洞窟に入ったので、そこに宮を建てて霊を祀ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。