行基が開いた富士川岸の禹の瀬
どんな伝承か
豊和村の法師倉、その西の富士川岸に禹の瀬と呼ばれる所がある。元正天皇の養老年間、僧行基が甲斐へ来てここを開削し、甲府盆地にたまった水を富士川へ通したと伝える。中国の夏の禹王が治水の功をあげた故事になぞらえて、この場所を禹の瀬と名づけたのだという。行基は工事のあいだ、土木の材料や食料を納めるための倉をこの地に建てた。そこから法師倉の名が起こり、いまも集落の名として残っているとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。