弘文天皇
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どんな伝承か
壬申の乱を避けるため東国に逃れた弘文天皇の妃が、野田浜に漂着して病死した。妃は埋葬され、野田内裏塚として祀られていた。その後、妃の従者の中臣英勝の子孫である美敷が天慶三年(九四〇)にこの墳墓を川口・泉川地域に移し霊廟を創設した。さらに平安時代の嘉保年間に同じ中臣氏の後裔正勝が朝廷に皇妃の事跡を申し上げ、封地を得て一族で祀り続けることになった。
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第5巻』所収の「文化叙事伝説」全104話(千葉・山梨・神奈川・埼玉・東京=関東甲信)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。
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