軍用金募集と盗賊
どんな伝承か
天保六年ごろの話だという。盗賊の片割れとして捕らえられた鉤鼻の勇次は、両手を後ろ手に縛られ、顔に斬り傷を負って血まみれのまま地面に仰向けにされていた。通りかかった知り合いの男が耳もとで名を呼ぶと、罪人はかすかに目を動かし『考えがあったが、もう駄目だ』と途切れ途切れに答え、決して親や兄弟の名を言うなと諭されて息絶えた。勇次はやがて龍源寺に葬られ、その生家は調布町上石原の宮川家であったと語り伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集・大正~昭和初期(推定))
本書『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎による幕末から昭和初期にかけての日本各地の怪談・奇談を集成した作品である。明治維新期の松木事件から関東の連続殺人鬼事件まで、実地取材に基づく歴史的事件の記録と、民間に伝わる幽霊譚・怪異現象が混在している。特徴は、単なる怪談の創作ではなく、実在の地名・人物・事件を背景に、社会的矛盾や人間の怨恨が生み出す超自然現象を描く点にある。