間関峠の下に埋めた軍用金
どんな伝承か
戦国時代、鵜沼から落ちのびた残党が伊深の里に逃げ込み、間関峠のふもとに軍用金五千両を埋めて隠したと言い伝えられている。里人たちはそれらしい祠や大木の根もとなどを掘り返して、金を探したという。
原典より
戦国時代、鵜沼の残党が伊深の里に落ちのび、間関峠の下に、軍用金五千両を埋め隠したといい伝えられている。—— 美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史)
『美濃加茂市史 民俗編――伝説』は、美濃加茂市の市史民俗編のうち、第一三章「俗信」と、第一四章「伝説 昔話 世間話」の総説および第二節「伝説」を収めたものである。天候・農事・人事にかかわることわざと俗信、民間療法、樹木の禁忌を挙げたうえで、伊深・蜂屋・太田・三和など市内各地区に伝わる三度栗、龍宮さまの淵、火塚、山男、かぶと淵などの伝説六十四話を記す。昔話・世間話の節は含まず、伝説の多くは題に伝承地区の名を添える。