曼陀羅淵の河童が書いた詫証文
どんな伝承か
所沢市の吾妻地区を流れる柳瀬川は、大字久米と北秋津の境あたりで淵をつくり、曼陀羅淵と呼ばれていた。岸の上手に持明院という寺があり、境内に曼陀羅を祀る堂があったのが名の由来だという。この淵に河童が一匹すみ、夏になると泳ぎに来た子を引き込んで裂き取った腸を、笹井の竹蔵や井草の袈裟坊といった仲間への中元の贈り物にしていた。ある夕方、馬を洗いに来た馬子に噛みつこうとして捕らえられ、岸へ投げ上げられる。通りかかった持明院の和尚に詰め寄られた河童は詫びの証文を書き、それは長く寺に伝えられたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。