父と名乗れなかった苅萱道心
どんな伝承か
石堂丸は父の跡を継いで加藤左衛門繁氏を名乗り、筑前苅萱の庄に住んで六か国の領主として時めいたが、花見の宴で散る花を見て世の無常を悟り、屋敷を抜け出して都へ上り、法然のもとで剃髪して苅萱道心となった。十三年後、生まれていた子は父の幼名をとって石堂丸と呼ばれ、母とともに父を尋ねて高野山へ向かう。女人禁制のため石堂丸だけが登り、出会った道心から苅萱は死んだと聞かされて下山するが、その道心こそ父であった。麓で母は落胆して死に、帰国すると姉も死んでいた。石堂丸は再び高野に登って道心の弟子となり道念坊と名乗る。苅萱は肉親と悟られるのを恐れて信濃の善光寺へ移り、八十三歳で往生し、同じ時刻に道念坊も六十歳で世を去ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(山中耕作・宮地武彦(執筆・整理)/荒木博之(解説)・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第13巻――北九州(福岡・大分・佐賀・長崎)』は、福岡・大分を山中耕作、佐賀・長崎を宮地武彦が執筆・整理し、荒木博之が解説を担った伝説資料集の一巻である。姫島、うつぼ舟、百合若大臣、黒髪山の大蛇退治、平家谷、炭焼小五郎、河童、白米城など、北九州四県に伝わる伝説を題目ごとに収める。各題目は口承を重んじて選んだ例話を冒頭に据え、県別の類話を梗概にして伝承地と出典名を添え、近世以後の史料を文献として抜き出す編み方をとる。