天女に迷った隆信沙門の経塚
どんな伝承か
九千部山とよばれるようになったのは、天暦五年の晩秋に起こった出来事によるという。この地方の飢饉を憂えた隆信沙門が山頂で法華経一万部を読誦する願を立て、九千部まで読み終えた満願の直前に天女が現れた。天女を抱いた沙門は、やがて白骨となって見つかったという。それ以来、沙門をしのんでこの山を九千部山と呼ぶようになり、石谷山の頂には沙門を葬ったという経塚が築かれた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(山中耕作・宮地武彦(執筆・整理)/荒木博之(解説)・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第13巻――北九州(福岡・大分・佐賀・長崎)』は、福岡・大分を山中耕作、佐賀・長崎を宮地武彦が執筆・整理し、荒木博之が解説を担った伝説資料集の一巻である。姫島、うつぼ舟、百合若大臣、黒髪山の大蛇退治、平家谷、炭焼小五郎、河童、白米城など、北九州四県に伝わる伝説を題目ごとに収める。各題目は口承を重んじて選んだ例話を冒頭に据え、県別の類話を梗概にして伝承地と出典名を添え、近世以後の史料を文献として抜き出す編み方をとる。