読経に果てた隆信沙門の経塚
どんな伝承か
村上天皇の天暦五年、暴風雨の災いがはげしく、脊振山から見下ろす村々の惨状は言語に絶した。脊振坊の名僧性空上人の高弟である隆信沙門は、風水害を除こうと法華経一万部の読経祈願を起こした。山姥や四十八怪や大蛇が出ると村人が引き止めるのも聞かず、一笠一杖に笈を負って脊振の東峯の風穴のほとりに着き、五十日後を約して読経に入った。九千部を読み終えたところで精も魂も尽き果てて息絶え、登ってきた村人が骸を葬って三重の石塔を立て、経巻を埋めて経塚とした。この峰を九千部山と呼ぶのはそれによるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。