安徳帝の御用水を汲んだ朕の淵
どんな伝承か
吉井村の内裏山の東を流れる一支流に直谷川がある。土地の者は古くからこれを御手川と呼んできた。この川の一部に幅一間半、長さ三間、深さ二尋半ほどの淵をなす所があり、これが朕の淵である。直谷城主二世志佐六郎貞公の代、文治の初めに安徳天皇が少数の臣下に守られて御厨から子産坂を越え、福井の直谷城に入り、数年のあいだここを行在所と定めたと説かれる。帝がこの川の水で御手水を使われたので御手洗川と呼ばれ、毎朝この淵の清水を汲んで御用水に供したことから、その淵を朕の淵と称するようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(山中耕作・宮地武彦(執筆・整理)/荒木博之(解説)・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第13巻――北九州(福岡・大分・佐賀・長崎)』は、福岡・大分を山中耕作、佐賀・長崎を宮地武彦が執筆・整理し、荒木博之が解説を担った伝説資料集の一巻である。姫島、うつぼ舟、百合若大臣、黒髪山の大蛇退治、平家谷、炭焼小五郎、河童、白米城など、北九州四県に伝わる伝説を題目ごとに収める。各題目は口承を重んじて選んだ例話を冒頭に据え、県別の類話を梗概にして伝承地と出典名を添え、近世以後の史料を文献として抜き出す編み方をとる。