鹿の足跡の噂で流された大宮姫
どんな伝承か
開聞縁起によれば、大宮姫は天照大神の化現で玉頼姫ともいう。開聞山の北麓の窟に神仙の塩土老翁があり、法水を汲んで三七日の修行をしていると麋鹿が来てこれをなめ、身ごもって口から女を生んだ。仙人はこれを育てて僧の智通に与え、幼名を瑞照姫と称した。二歳で京に上り鎌足大臣が養い、長じて大宮姫と号し、十三歳で天智帝の后に立てられた。大友皇子と数十の宮女が妬み、正月二十一日の初雪の雪打ちの折に、大宮姫の足跡は鹿のものだという説が起こって宮中の謗りがはなはだしく、ついに本土の開聞山へ流されたという。白鳳元年二月に志賀を出て伊勢の阿濃津から船出し、六月朔日に山川の牟瀬の浜へ着き、開聞嶽の北に住まわれたと記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。