木原山の城と為朝の遺跡
どんな伝承か
『肥後国誌』は木原山を雁廻山とも呼び、宇土郡との境で山の半ばは宇土の佐野村だと記す。四方どこから見ても同じ姿の仙居の地で、山中の午時水は大慈寺十景に数えられる。昔ここに鎮西八郎為朝が城を構え、飛ぶ雁を射落としたため、今もこの峰の上では雁が列を乱して飛ぶという。山中には為朝が礫に投げたと伝える大石も残る。木原城跡は、仁平のころ鎮西へ下った為朝が九州を平らげて築き、住んだ城だとされる。為朝は為義の八男で、父がその強暴を憎み、十三歳の仁平二年三月に鎮西へ追い下した。豊後に着いた為朝は阿蘇の忠国を案内に各地を攻め、みずから鎮西八郎と称したという。城跡の裏の谷の岩穴は、在城のとき兵糧を蓄えた跡だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第14巻』は、熊本・宮崎・鹿児島の三県に伝わる伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。阿蘇の大鯰や海幸山幸など神話に連なる話から、為朝・景清・人丸姫の伝承、長者や河童・狐の話、池の主や大蜘蛛退治、狩人と犬の話までを収める。各項目は口承を重んじた例話を冒頭に据え、梗概にした類話と、『肥後国誌』など近世以後の史料を原文で引く文献を続け、全体を文化叙事伝説と自然説明伝説の部に分ける。