大人弥五郎を討った為朝
どんな伝承か
『神社撰集』は、熊襲の末裔に大人弥五郎という強勢の首領がいて、民の暮らしを苦しめ、その噂が朝廷にまで届いたと記す。そこで鎮西八郎為朝が下されたが、弥五郎は城内の深い穴に籠って出てこず、城郭は堅く人馬も通せない。為朝は神慮を仰いで神楽を奏し、願いの成就を祈った。すると五社の神が通じたか、大人が洞から出て遠くを望んだ。軍勢は力を合わせて攻め入り、たちまち城郭は崩れて弥五郎は討たれた。その髻と四肢は国分の郷のあちこちに埋められ、霊神として祀られたという。大人の住んだ洞を悪災袋と名づけ、神楽を奏した所を拍子川と呼ぶ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。