兼山の酒店に降った金比羅の札
どんな伝承か
八百津町北山の岩井誠一郎文書に、「慶応三年卯八月頃御札様降被成候事」と題する書き留めがある。八月十五日の祭りの頃、名古屋辺で御札様が降り大賑わいだという噂が次々に聞こえ、やがて下川辺へも降り続き、神楽師の俄狂言が村々に出て賑やかに悦んだ。兼山では九月中頃に降り始め、両酒店へ金比羅様が降り、それより町々一枚ずつになった。若い者はいうに及ばず老人まで美しい衣服で飾り見事であった。黒瀬では十月七日頃、山田屋へ大黒様が降り、芦渡ともども大賑わいであったという。
原典より
其後兼山(可児郡兼山町) 九月中頃ふり始兩酒店金比羅様夫より町々いちまいになり追々賑敷悦申候—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。