代官に見破られた秋忠の忠七
どんな伝承か
玉屋の小僧忠七は奇怪な振舞いが続いたため主人六右衛門から暇を出され、故郷の美濃金山に帰った。そこで秋葉大権現が乗り移っていると称し、御札を焦がしては「この家は火に祟りあり」と脅したので、人々は恐れて秋葉講を結び、忠七を神のごとく敬った。太田の代官所が吟味しようとし、代官が火防の守札を望んでいると偽って招くと、忠七は「秋忠」と大書し、白衣の信者百人と船で向かった。しかし代官村瀬八郎右衛門に容貌を熟視されるや震え出して詐術を白状し、御札は自分が降らせたもので金子も多く盗んだとして七十五両を差し出したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。