一夜で涸れた無水池の由来
どんな伝承か
『三国名勝図会』は無水池を次のように記す。鏡池の近辺にあり、周囲は四丁余り、古くは鏡の池と称したのがこれであるという。嘉吉三年六月朔日、この邑の瑞応院の住僧快雅の弟子で千寿丸という者が、この池に沈んで死んだ。その時、快雅の弟子で快財という僧がこれを哀れみ、池のほとりに壇を設けて護摩を修めたところ、一夜のうちに池の水が涸れた。それゆえ無水池と称するのだと伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。