船出の地と伝える俊寛池
どんな伝承か
鹿児島市の若宮社の前に俊寛池がある。城下の南市に隣り、唐の港とも呼ばれた。昔はここが船着きの港で、平家の全盛の頃、俊寛僧都が硫黄島へ流されるとき、この地から船を出したと伝えられる。池の岸にはかつて老いた柳があり俊寛柳と呼ばれたが、安永年間に枯れ、植え継いだ柳も寛政五年八月の大火で焼けた。この辺りを有島とも王の港とも呼ぶのは、俊寛の従者有王にちなむという。また口碑では、城下の神月川が昔はこの池を通って海に注いだといい、ここが川口の港であったことが知られる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。