隠岐に流された躬都良と比等那姫
どんな伝承か
百済から渡ってきた道澄僧都は、隠岐へ流れ着く人々の窮状を見かねて天皇に願い出て、五箇村南方の高尾山に横山寺を建てた。のちに大津皇子の事件に連座して隠岐へ流された柿本人麿の子、躬都良を伴い、この寺に住まわせる。躬都良は近くの見々津の豪族比等那公の娘と結ばれたが、配流二年目の冬に風邪をこじらせ、二十三で世を去った。十八の姫は髪を切って遺骸とともに荼毘に付し、遺骨を大和へ届けようと道澄に連れられて島を出る。しかし若狭の小浜まで来たところで教えを乞う者が続き、道澄は姫を尼寺に残して一人島へ戻った。この姫が八百比丘尼であるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第11巻』は、山陰の鳥取・島根両県の伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。矮姫による穀物の伝来、大山の山くらべ、伯耆の白兎、雲州皿屋敷、七尋女房、牛鬼、隠岐の後鳥羽上皇などを、伝承地を明記した口承の例話で示し、類話と近世以降の文献を添える。「文化叙事伝説」「自然説明伝説」の部に分けて話ごとに番号を付し、凡例のとおり例話・類話・文献・参考の順に並べ、多くの話に高木・柳田による伝説名を添える。