宮古浦に流された親王と王浦
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どんな伝承か
推古天皇の弟の宮津親王などという説のある人が、勅勘を蒙って宮古浦に配流され、ついに海に身を投じて亡くなった。その後、空の舟が当国へ漂流し、この浦に流れ寄った。舟から上がられたので、その節この浦を王浦と称したという。中古に文字を改めて大浦と唱えるようになり、さらに何時のころか、また当時の文字に改められたと伝える。原典では、花巻の瑞興寺に立ち寄った流され王の話に添えて、宮古市山口の伝えとして掲げられている。出典は『牡鹿郡尾浦風土記御用書出』。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第2巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第2巻』所収の「文化叙事伝説」64話(岩手・宮城・秋田)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。
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宮古市の伝承
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