長渚の浜で釣られた兩倍魚
どんな伝承か
『釈日本紀』が肥後風土記を引いて記すところによれば、玉名郡長渚村にこんな話が伝わる。昔、大足彦天皇が球磨と噌唹を討って都へ帰る途中、この浜に御船を泊められた。船の左右には魚が群れ遊んでおり、吉備国の掉人であった朝勝見が釣ってみると数多く獲れたので、これを天皇に献じた。天皇が何という魚かとお尋ねになったが、朝勝見は名を知らず、鱒のようですと申し上げるほかなかった。天皇は御覧になり、俗に数の多いものを爾倍佐爾というが、今献じられた魚もこのように多いのだから兩倍魚と呼ぶがよいと仰せられた。今この魚を倍魚というのは、その縁によるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。