笛に誘われた大口の壮士と山神の幽居
どんな伝承か
大口の郷は四方を連山に囲まれた山中の地で、藩の境目にあたるため天正のころは合戦の絶える日がなかったという。中秋の名月の夜、月見の集まりに遅れた一人の壮士が、道すがら辻堂の前の岩に腰かけて笛を吹いた。音が山谷に響くうち、不意に身の毛がよだち、振り返ると類いまれな美女が立っていた。狐狸のたぶらかしかと刀に手を掛けたが、女は山家の賤女だと名乗り、笛の音に惹かれたと言って自分の庵へ誘う。付いて行くと洞門があり、中の高楼は金銀珠玉をちりばめ、侍女たちが見慣れぬ珍菓を運んだ。酔って眠った壮士は夜半に目を覚まし、人の通わぬ深山に魅入られたのだと悟って、証拠の書物を手に立ち去ろうとした。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第14巻』は、熊本・宮崎・鹿児島の三県に伝わる伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。阿蘇の大鯰や海幸山幸など神話に連なる話から、為朝・景清・人丸姫の伝承、長者や河童・狐の話、池の主や大蜘蛛退治、狩人と犬の話までを収める。各項目は口承を重んじた例話を冒頭に据え、梗概にした類話と、『肥後国誌』など近世以後の史料を原文で引く文献を続け、全体を文化叙事伝説と自然説明伝説の部に分ける。