行盛の居城と祭礼を記す由緒書
どんな伝承か
元暦二年三月、豊前から南へ船出した一行は、屋久島に半年留まり、喜界島に三年滞留したのち、近くの大きな島を探らせた。島に主はおらず、人家は海賊を恐れて山陰にあると聞き、案内の者を欺いて夜襲をかけ、四十余人を降した。その者たちの居所が行盛の居城になったという。続いて古見方や住用へも兵を分けて島を平らげ、四つの村に主頭を置いた。行盛の居城は戸口村の大城に構え、堀と溜池を掘って旱にも水が絶えぬようにし、己亥八月十五日に成就したとある。今井権大夫は安木屋場の遠見番に、蒲生左衛門は屋仁崎に置かれた。行盛の墓所の沖で船が難に遭うため、その霊を鎮めて新立殿と諡し、年二度の祭礼を行うことになったと記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第15巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第15巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全185話(奄美・沖縄=南西諸島)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。