宮古島記事仕次が伝える金志川城
どんな伝承か
『宮古島記事仕次』が伝える金志川豊見親の最期。仲宗根豊見親の子らのうち、那喜太智はのちに金志川豊見親と称して城辺の首長となった。八重山の大浜赤蜂や与那国の鬼虎を討った功で知られたが、主長の座を狙う中屋勢頭が、嫡子金盛豊見親に金志川謀反の讒言をする。一方で金志川には申し開きの場だと偽り、野原の後ろ高こしに設けた宴へ招かせた。何の疑いもなく酔ううちに伏兵が起こり、金志川は主家に手向かう理はないとして後ろの切岸へ躍り落ち、逃れきれずに討たれた。人々はその居所を尊び、金志川城として崇めていると結ぶ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第15巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第15巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全185話(奄美・沖縄=南西諸島)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。