防人を葬ったあほだら塚
どんな伝承か
この塚は旧東仙道の道端にあって、四尺ほどの卵形の川石が一基建っていたという。別名を「あほだら塚」とも呼び、古くから知られて郷土誌などにも載っている。昔から防人の墓だと伝えられているが、多防と呼ばれるところから、一人ではなく多くの防人が戦死したときの塚ではないかともいわれている。塚のあった場所は、現在の郡山製作所の氏神である竹駒神社のところである。
原典より
この塚は、旧東仙道の道端にあって、四尺程の卵形の川石が一基建っていたという。—— 郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦)
福島県郡山市(旧安積郡・田村郡域、湖南・熱海・三穂田・逢瀬・西田・中田ほか各町)に伝わる伝説を、木/石・岩/水/塚/坂・峠・山/祠堂/家・村/祭礼・行事の八部門に分類して集成する。坂上田村麻呂や阿古陀媛・采女伝説・萩姫、源義家ら前九年の役の人物伝承、淵や池の主・龍神・河童、弘法大師の清水、稲荷・観音・地蔵の霊験、長者伝説や埋蔵金、隠れキリシタンなど、郡山の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を伝承地つきで網羅する。