水鏡に泣いた娘と疣神様
どんな伝承か
六百年を遡る正安の昔、久保田のある長百姓の家に一人の娘がいた。娘は顔中が疣だらけで両親の嘆きも深く、鏡を見ることを禁じられていたという。ある日、娘は水鏡に映った自分の顔を見て悲嘆にくれ、自殺を決意して、ある夜、寝床を抜け出し大川に身を投げようと道を急いだ。すると行く先に白髪の老人が現れ、こんな夜更けに何のために急ぐのかと尋ねた。娘が事情を話すと、老人は、その疣を私が治して進ぜようと言い、急に姿を消したという。老人がたたずんだところに一基の石碑があり、それに祈ると疣がきれいに取れた。娘と両親はその正安の碑を永く信仰したと伝わる。碑は疣神様として崇められ、昭和二十八年に阿弥陀寺の境内へ移された。
原典より
六百年を遡った正安の昔、久保田のある長百姓の家に、一人の娘がいた。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。