問いが空耳に変わった東光寺の悪僧
どんな伝承か
安政年間の昔、会津領中心の東光寺は祈願寺として良い田畑を寺領に持ち、修業僧も大勢いて裕福であったという。ところが本坊の戸隠法印秀丸は大変な悪僧で、信徒をごまかし、什宝を持ち出し、仏像を質に入れるなど数限りない悪事を働き、指摘されると小僧に罪を負わせて放逐した。妻のオシマも似た者夫婦であった。あるときオシマは二か月ばかり旅に出、その帰り道に本道を避けて間道を通ったところ、南町関番所の見張り役に見とがめられ、なぜ間道を通ったかと問われた。オシマの耳にはそれが「なぜ観音を盗ったか」と聞こえ、恐れ入って金色に輝く観音像を数体差し出した。仏罰てきめんで、夫婦とも重い仕置きに処せられた。
原典より
安政年間の昔、会津領中心の東光寺は、祈願寺として良い田畑を寺領に持ち、修業僧も大勢いて裕福であったという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。