信長勢が新府城を見下ろした鳥屋山の砲塁
どんな伝承か
織田信長の軍勢は、南甘利山から嶺づたいに辻山・鳥井峠を経て鷹田に本陣を置き、神戸原に主力を結集した。小勢を池尻から上らせ、六郎沢を経て鳥屋山の東端の尾畑に出ると、新府城を眼下に見下ろして戦いを始めた。矢を射、地砲を放ち、大勢を装うために旗幟を樹間になびかせ、夜はかがり火を焚いて虚勢を示し、新府城との間で激しい応酬を交わしたという。いまも鳥屋山の尾畑には地砲を据えた砲塁の跡があちこちに残り、数十年前までは矢尻なども発見されたと伝わる。
原典より
織田信長の軍勢は、南甘利山から嶺づたいに辻山、鳥井峠を経て、鷹田に本陣を置き、神戸原に主力を結集して、小兵を池尻から上らせ、六郎沢を経て鳥屋山の東端、尾畑に出て新府城を眼下に見下し、戦いを始めた。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。