釜無川の河童が伝えた下条の疵薬
どんな伝承か
貧しい農夫が、毎日馬に薪をつけて町へ売りに行った。ある年の暮れ、薪を売って正月の支度をし、釜無河原を帰ると、急に馬がはね上がって進まなくなった。見ると十一、二歳の子供が馬の尾にすがっている。退けと言っても放さないので、馬方が山刀で切りつける真似をすると逃げた。家で馬を洗おうとすると、猿の尾のようなものが尾をつかんだまま斬られていた。夜中、子供の声で呼ぶ者があり、戸を開けると河童が悲しげに頭を垂れていた。馬の尾を一筋持てば妖術が得られるので悪さをした、腕を返せば毎朝鮮魚を差し上げるという。妻に諫められて腕を返すと、河童は腕を接ぐ妙薬の処方を伝えた。その薬は「下条の疵薬」と呼ばれ有名になった。
原典より
昔ある農家の池に河童が住んでいて、夜な夜な (かわや)にあらわれて、怪しげな手を出して、着物を引っぱった。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。