黒井堰と黒井半四郎
どんな伝承か
黒井半四郎は江戸時代の上杉藩士で、治水事業の大家と言われ、古川善兵衛と双璧と称された人である。五十騎組黒井牛兵工の長男に生まれ、数学に通じて早くから勘定奉行に登用された。当時、領内の北条郷方面が旱害に苦しんでいたため、六か年の星霜を費やして寛政七年に堰を完成させた。堰は窪田村の千眼寺裏の松川から水を揚げ、窪田・糠野目を灌漑し、松川に樋を通して対岸の福沢から北条郷・赤湯まで二里余に及ぶ。翌寛政八年には鶴巻潭から堰上げて梨郷まで延長し、三十三か村・八百余町歩が恩恵を受けた。鷹山公は現地に歩を運んで黒井堰と命名し、禄五十石と紋衣を賜った。
原典より
黒井半四郎は江戸時代の人で、上杉藩の家士でありました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。