北斗七星に救われた良兼と花園妙見の遷座
どんな伝承か
花園の妙見は良兼にまつわる伝えも残す。延長九年、良兼と良文が国香と戦って敗れ、滅びかけたとき、北斗七星と妙見菩薩が現れて軍を救った。そこで良兼は妙見の尊体を求めて上州群馬郡花園村の七星山息災寺に赴き、霊体を拝んで背に負って帰り、弟の良文が住む平井村でこれを良文に渡した。良文は子孫代々の守護神として伝え、妙見は平井村から秩父大宮へ遷され、良文が鎌倉郡村岡へ移ると同地にも妙見社が造られ、上総、さらに承平三年に下総を領して大友邑に城を置くと、そこにも社が建てられたという。『上野国誌』は群馬郡疋間村の妙見社について、別当を妙見寺といい、縁起に七星山息災寺と称したとあると記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。