更級日記に描かれた足柄峠越え
どんな伝承か
神奈川県南足柄市の足柄峠は、標高759メートルの峠で、関東と関西を結ぶ古代の重要な道であった。関東からは海老名・秦野・松田を経て、坂本の宿(南足柄市関本)から山へ分け入り、この峠を越えて駿河国へ下った。平安時代、父に従って上総国から都へ帰る菅原孝標女は、途中この足柄峠を越えたときの恐ろしげな山中の様子を『更級日記』に書き残している。峠には金時伝説のほか、新羅三郎義光が兄義家を助けに陸奥へ下る途中、追ってきた豊原時秋にこの峠で笙の秘曲を伝授したという話が残り、石の笛塚がまつられている。頂上は足柄城址で、今は公園となっている。
原典より
関東からは海老名、秦野、松田を経て、坂本の宿(南足柄市関本)から山へわけ入って、標高七百五十九メートルの足柄峠を越えて駿河国へ下って行った。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。