綱下げ松
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どんな伝承か
豊臣秀吉が小田原攻めの際、上杉氏の兵士たちが神宮寺の城へ向かう際に、この松の木から綱を垂らして丘を下ったことが名前の由来とされている。村の境界を示す標識としても機能していた。
原典より
川崎市多摩区宿河原の丘の上に、綱下げ松があり、かつてはこれを村境の印と定めていた。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・昭和51年(1976)刊) より引用地図で位置を見る
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・昭和51年(1976)刊)
大島建彦・渡辺千佳子『武蔵の伝説』(角川書店「日本の伝説」シリーズ・昭和51年=1976刊)を全799話・伝説単位で収録(巻頭「はじめに」は除く)。旧国「武蔵」=東京都・埼玉県および神奈川県の一部(川崎・横浜など)にまたがる伝説を、木/石・岩/水/塚/坂・峠・山/祠堂/家・村/祭礼・行事 の八部門に分類して集成する(内訳 東京都371・埼玉県353・神奈川県75話)。
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