五十文で車を押した坂
どんな伝承か
能ヶ谷町と広袴町の境あたりにある坂は、五十坂と呼ばれる。急ではないものの長く続く坂なので、荷を積んだ車が来ると、五十文の駄賃を取ってうしろから押してやったという。その駄賃の額が、そのまま坂の名になったと伝えられる。『町田市の文化財』六が記す町田市の話である。
原典より
町田市能ヶ谷町と広袴町との境あたりの坂は、五十坂と呼ばれる。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年))
『武蔵の伝説』は、大島建彦と渡辺千佳子が昭和五十一年に著した伝説集である。埼玉県・東京都と神奈川県の一部にあたる旧武蔵国の伝説を、地誌・紀行・社寺縁起・区市史や『埼玉県伝説集成』などの文献と土地の口碑から集め、項目ごとに出典を添える。『日本伝説名彙』の六部門に家・村と祭礼・行事を加えた八部に分け、巻頭の「はじめに」で伝説の分類の方法を論じている。