父が飲む酒は清水だった矢畑の子は清水
どんな伝承か
秩父市下吉田の矢畑にある十二天神社の下の山際に、コワシミズと呼ぶ泉があった。称徳天皇の御代のことという。吉田に住む人々はみな善良だったが、一人だけ世間に嫌われる親不孝の息子がいた。息子には言い分があった。父が毎夕町へ出かけては徳利を提げて戻り、うまそうに酒を飲んでいるのに、家は貧しく毎日酒を買える身ではなかったからである。不審に思った息子が父の後をつけると、父は道端から湧き出る酒らしいものを汲んでいた。喜んで自分も飲んでみると、それは酒ではなくただの清水だった。それ以来、息子は行いを慎み、親孝行になったという。昭和四十七年には斎藤南斎の句碑が建てられ、旧址は道路の下になったが清水は今も残る。
原典より
矢畑地内の十二天神社の下の山際に、コワシミズという泉があった。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成――分類と解説 上』は、韮塚一三郎が埼玉県内の伝説を類型ごとに集めて編んだ伝説集の上巻である。片目の魚、化かす狐や狸、松・杉などの樹木、石や岩、ダイダラ坊と山、清水・渕・池・井戸にまつわる県内各地の伝説を、郷土誌や地誌、『埼玉史談』などの文献と、地元の資料提供者や話者の報告から採って収める。各話に所在地と出典を添え、話型ごとに〈解説〉を置いて全国の類例と信仰の背景を論じ、[参考]文献を挙げる。