紅筆に仕込まれた毒
どんな伝承か
享保のころ、下谷北稲荷町にあった広徳寺の門前で、母と娘が筆屋を営んでいた。娘の名はお蔦、下谷小町と呼ばれるほどの美貌で、筆の穂先を口に含んで整えては客に差し出す。その紅の跡を有難がる男たちが押し寄せ、店は繁盛した。ところが情人だった尾張町の薬問屋の番頭が、他にも男がいると知って逆上し、何本かの筆に舶来の猛毒を塗る。事情を知らぬお蔦は、塔婆用の筆を求めに来た広徳寺の納所坊主のためにいつものように穂を嘗め、悶え苦しんで息絶えた。持ち帰った筆を嘗めた坊主も後を追い、二人は毒薬心中と噂されたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸傳説(佐藤隆三)
『江戸傳説』は、佐藤隆三が著した江戸と東京の伝説集である。将門の首塚、番町皿屋敷、お玉ヶ池、置てけ堀、縁切榎、矢口渡など、市中と近郊の塚・池・坂・井戸・寺社にまつわる由来譚や、化け狐・猫又の怪異を、『江戸名所図会』『将門記』などの記録を引きつつ語る。目次に四十の項を番号順に並べ、口絵の図絵と目次番号に対応した伝説分布図を添え、巻末に資料参考書目を付す。