木下本村上方組の土神祭
どんな伝承か
東谷の木下本村では、上方組がいまも土神祭を続けている。苗代ふみを終えて八十八夜が過ぎ、一番茶を摘むころの五月、回り持ちの当番の家が福岡の天台宗玄清院に都合を尋ねて日取りを決め、米三合と神酒の代を出し合う。膳は七菜を添えた質素な精進料理で、夕食より少し早い時刻に、組内の各戸から重立った者が一人ずつ当番の家へ参る。僧は座敷の床の間で御幣を切り、琵琶を弾きながら経を読んで神を降ろす。土祖である埴安彦と埴安姫の二柱をまつる点は、神道でも天台宗でも変わらないと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北九州市史 民俗(北九州市・北九州市史)
『北九州市史 民俗』は、北九州市が編んだ市史の民俗編である。ここに収めるのはその第三編「信仰伝承」第一章「信仰」の第二節以降で、門司・小倉・若松・八幡・戸畑の各区に伝わる聖地と忌地、神仏信仰、神事と法会、巡礼、巫者・祈禱師、信仰集団、狐憑きや犬神などの憑霊・霊異現象を記す。節ごとに地区と地名を挙げて事例を並べる編み方で、祟る石や産女石、落人の墓なども忌地の項に見える。